この投稿は、2020年5月9日にFacebookに投稿した記事を、一部修正した上、教室ブログにも掲載させて頂いたものです。

●ミュージックチャレンジ 音楽の受け渡しクラシック音楽の普及のためのミュージックランドからの音遊びです。参加するには、好きなクラシック曲を1日一曲で五日間5曲、そして1日1人だれか一人に繋げてください。

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ピアノ友達のT.A. さんから渡されたバトン、今日から1曲ずつ紹介していこうと思います。

4曲目:ピアノソナタ第23番 「熱情」 ベートーヴェン

今年生誕250年を迎えるベートーヴェン(1770-1827)中期の作品。
作曲が始められたのは1804年、楽譜が出版されたのは1807年とされており、ピアノソナタ第8番「悲愴」、第14番「月光」と合わせて、ベートーヴェンの3大ソナタと呼ばれる曲の一つ。
 
こういう事を軽々しく言うべきではありませんが、技巧的には3大ソナタの中では一番難しく、一般的に耳にする機会も「悲愴」「月光」ほどはないでしょう。
曲の表題「熱情」の名の通り、かなりの激しさを内側に秘めた曲なので気軽に聴けるBGMには成り難いのです。(その点、悲愴第2楽章、月光第1楽章はアレンジ次第ではポピュラーミュージックにも成り得ます。実際に、前者はビリー・ジョエルの”This Night”、後者はビートルズの”Because”というナンバーとしてオマージュされています)。
 
劇的な楽曲制作の背景には、劇的な人生があるものです。今年はアニヴァーサリーイヤーということもあり、この機会にベートーヴェンについて調べてみようと、本を5~6冊ほど読んでみました。
 
読んで分かったのは、今でこそベート―ヴェンは「クラシック音楽」のど真ん中にカテゴライズされていますが、当時はかなり革新的なイノベーターであったという事。
 
ベートーヴェンの革新性に対する世間の反応については、色々と伝え残っているものも多く、個人的に面白いと思ったものを紹介します。
 
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●当時のプラハ大学にて、教授から学生に向けて。
 
「君たちが学ぶべきは、バッハやモーツァルトだ。ベートーヴェンだと!? あんなものを聴いてはいかん!!」 
 
●ベートーヴェンVS評論家 
 
評論家:「はあ・・・、これを音楽と言っていいんですかねえ?」
 
ベートーヴェン:「これを書いたのはあなたのためではない。音楽の未来のために書いたのだ!」
 
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「クラシック」というカテゴリーで括ってしまうと、こういう部分を忘れがちになりますが、ベートーヴェンの先取性を意識して、BEFOREベートーヴェン、AFTERベートーヴェンの音楽性の違いを考えてみると、面白いものが見えてきます。
 
(クラシック音楽の中でのベート―ヴェンの位置づけに興味があれば、松田亜由子さんの著書「クラシック音楽全史」(ダイヤモンド社)がとてもオススメです。本書の第3章「革命家ベートーヴェンによる3つのイノベーション」は大変面白く、勉強になります!)
 
さて、「熱情」ソナタに話を戻します。かなり劇的な要素をもった曲ですが、劇的な曲の背景には、劇的な人生があるものです。
 
ベートーヴェンの生涯を考える上で重要なトピックはいくつかありますが、その中でも特に重要なキーワードを3つに絞り込むならば、個人的には次の3つを挙げたいと思います。
 
1) 難聴
 
2) ハイリゲンシュタットの遺書
 
3) 不滅の恋人 
 
ベートーヴェンの難聴は20代後半から始まったとされており、原因としては諸説ありますが、個人的には鉛中毒説を推したいです。(ご興味ある方には、書籍「ベートーヴェンの真実」(PHP研究所)をオススメします。これもメチャクチャ面白いです!)
 
日ごとに悪化する難聴に気を病み、絶望に苦しむ中でも、芸術家としての使命と相克しながら、1802年10月6日、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットにて、弟に向けた長い手紙を書きます。
 
これが世に言う「ハイリゲンシュタットの遺書」であり、中期以降のベートーヴェン作品と向き合うためには、外せないポイントとなる大事なものです。ぜひこの機会に内容に触れてみてください。
 
熱情ソナタが作曲され始めたのは、ハイリゲンシュタットが書かれた後の1804年~とされているので、作品鑑賞としてこれを外すわけにはいきません。
作品鑑賞のポイントとして面白いものとして、「運命のモチーフ」も紹介しておきます。
 
今回の投稿のアイキャッチ画像として載せたのは、「熱情」ソナタ 第一楽章の10~13小節目の楽譜ですが、赤丸で囲まれたのが「運命のモチーフ」と呼ばれるものです。
 
 
「ジャ・ジャ・ジャ・ジャーン」でお馴染みの世界一有名なクラシック曲のイントロの原型は、既にここに在るのです。演奏・鑑賞の際は、ぜひこういうポイントを意識されると、表現に深みが出てくることでしょう。
 
文学と音楽はイントロが命。優れた文学が冒頭から読者を作品世界に惹き込むように(ex 「恥の多い生涯を送ってきました。」by人間失格、「私はその人を常に先生と呼んでいた。」byこころ)、熱情ソナタのイントロも、ピアニッシモながらある種の凄みを感じさせ、運命のモチーフを経て、すぐさまドラマティックな展開にもつれ込んでいく構成が見事です。
 
ぜひこの機会にあらためて鑑賞して頂ければと思います。
 
今回はこんな所で。次回はJ.S.バッハ作曲「ゴルドベルク変奏曲」を紹介し、このバトン企画のまとめと致します。