ビジネスマンにも音楽を勧める3つの理由
ビジネスパーソンのアートへの関心が高まっているようです。
AIやRPA(Robotic Process Automation)の普及で、人間の仕事領域が急速に機械に置き換えられつつありますが、ポジティブに捉えれば、「生産性」についてはサボらず愚痴も言わない機械に任せて、人間は人間にしかできない「創造性」に特化できる環境が整ってきているとも言えます。
こうした潮流の中、アメリカでは、MBAよりMFA(Master of Fine Art 美術学修士)を持つ人材が高く評価され、好待遇で迎えられるという事例が出てきています。ピアノ講師を生業とする私としては、この流れが「音楽」を巻き込み、企業の採用重視項目に「高い音楽能力」がランクインする世の中になれば面白いと思っています。(あるいは、「高い音楽能力」を持つ人間が、自らの資質をビジネスに応用する術を見つけて、自分で起業していく世界も面白そうです)。
そんなのは絵空事?
いやいや、私は結構本気でそんな事が起こってもいいと考えています。なぜなら、音楽を学ぶことで、演奏能力や音感の他にも、社会やビジネスにも応用が利く3つの能力が活性化できると考えているからです。
音楽を学ぶことで活性化できる3つの能力(脳力)
それは
- 構造把握力
- 美意識
- 融合的発想力
以下、一つずつ解説します。
1、「構造把握力」について
まず、音楽と数学は論理的構造という意味において良く似ています。しかし、音楽は数学とは違い、予備知識なしでもそれらを楽しむことができます。
一方、数学はどうでしょう?
たとえば、こんな数式を見て「・・・なんと美しい!」と呟く人はレアでしょう。この画像は私が「頭が痛くなる数式」というキーワードで画像検索したら出てきたもので(笑)、正直、これが正しいのか間違っているのかどうか私にはわかりません!
しかし音楽であれば、精緻に組み立てられたバッハの作品でも、丹念に推敲を重ねたベートーベンの交響曲でも、素人が聴いてもそこに在る美を感じることはできます。また、ネガティブな話になりますが、たとえば演奏者がつっかえた時「あっ 間違った!」と気づくのに専門的な教育は要りません。冷静に考えたら不思議じゃないですか?その曲を深く理解しているわけでも、楽譜を見ながら一音一音チェックしている訳でもないのに。実はこれ、聴き手が無意識に音楽の持つ秩序を感じ、そこから外れたことを認識しているからなのです。
音楽を理論からしっかり学べば、音楽の持つ構造美をより楽しめるようになります。訓練を積んだピアニストなら、プロならずとも、音符でぎっしり埋め尽くされた数ページの楽譜を暗譜することは難しくありません。これは「記憶力」の問題というより、「構造把握力」の問題だと思っています。和声(≒コード)進行や、メロディーやリズムには、いくつかのパターンがあるので、ある程度のサンプルが頭に入れば、それを手がかりに楽曲の記憶定着がスムーズになってくるのです。
さらに、構造が分かるようになれば、音楽の聴き方も変わってきます。1時間サイズの交響曲をホールで黙ってじっと聴く行為は、慣れない方には苦行に等しいかもしれませんが、構造美が楽しめるレベルの音楽愛好家にとっては至福の時間です。もっとも音楽が分かれば分かるようになるほど、聴くだけでもより多くの集中力を使い、脳に高い負荷が懸かるようになります。しかし、そこまで行けば、3分サイズのポップスをノリで楽しむのとは違う次元の愉悦も味わるようになり、それは聴き手の人生を豊かにすると同時に、脳も鍛えて活性化させてくれます。(パッシブなヒアリングから、アクティブなリスニングに変わった結果とも言えるでしょう。)
音楽を学ぶことで音楽の構造把握力が鍛えられるのは当然だけど、それは他の分野にも応用できるのかい?
そんな疑問もあると思いますが、私の答えはYESです。まず、高い音楽能力を有する人に多く共通してみられる特長に「文章の上手さ」が挙げられます。長い交響曲の鑑賞、複雑な楽曲の暗譜、これらによって培われた「構成や流れを掴む力」が、分かりやすい文章作成に応用されているというのが私の考えです。また、ミュージシャンの文章が独特の読みやすさ(あるいは印象の残りやすさ)を持っているのは、音楽家ならではの「響き」へのこだわりが、文章の「韻律」に反映された結果なのかもしれません。
「構造把握力」の強さは、文章だけでなく、今注目されている「プログラミング思考」とか、「ロジカルシンキング」とか、「ストーリーテリング(≒プレゼンの上手さ)」とか、様々な分野に応用が利くものだと思います。
2、美意識
「正論ではあるが、心に全く響かない・・・」
社会人であれば、こんな経験の一つや二つはあるでしょう。
頭で分かったつもりになっても、心がそれに追いつかなければ、結局のところ人は本気では動きません(あるいは動いてはくれません)。
では、心を強く動かす物とは何でしょう?
もちろん、色々な答えがあると思います。
でも、理屈抜きで心を動かすモノの一つに音楽が挙げられても良いでしょう。
「なぜかは分からないけど、聴いているうちに涙が出てきた」
これは、先に挙げた
「正論ではあるが、心に全く響かない・・・」
とは真逆の体験です。
では心に深く響き、その結果人を動かすモノの正体とは何か?
その代表格の一つが「美」だと思います。
「美」の定義は人により違うとは思いますが、根本の所は全ての音楽家に通じているではないでしょうか。言葉は便利なツールではありますが、万能ではありません。しかしその思いを旋律に乗せて「歌」という媒体にすれば、より多くの人の感動を誘います。言葉ではない「音」にも「心」を込めることで「意」を伝える事が可能になり(漢字の成り立ちを良くみてください)、それを言葉と合わせる事で、時に無敵の意思伝達手段にもなるわけです。ラヴソングに普遍的な需要があるのも頷けます。少し脱線しましたが、要するにその心の込め方、そのプロセスの中に「美」の真髄があるという事です。
唐突ですが、私はピアニストを3つのタイプに分類しています。
1)「体」(≒技術)のピアニスト
2)「頭」(≒理論)のピアニスト
3)「心」(≒感性)のピアニスト
それぞれが完全に独立したタイプではなく、すべてのピアニストはこれらの要素の融合であるというのが私の考えで、人によってバランスが違うイメージです。
さて、先に述べた「構造把握力」については「頭」が中心ですが、「美」については「心」が中心になってきます。音楽の「美」を追求するためには、自身の「心」の在り方、聴き手の「心」への作用(どう伝えるか、どう届けるか)という部分と深く向き合うことになり、それはビジネスで言われる「顧客の感動体験」と通じる部分もあると思います。
モノがあふれる現代、需要がモノ → コトにシフトしてきているのは良く言われる事ですが、顧客に最終的に選ばれる「コト」になり、さらにリピート需要を生み出すためには、「心」を意識せざるを得ません。その鍛錬手法として、音楽を通じた「美」の追求はビジネスマンにも大きな恩恵をもたらすかもしれません。
3、融合的発想力
「創造性とはすばらしく良く働く連想記憶に他ならない」
これは、1960年頃サルノフ・メドニックという若い心理学者が創造性とは何かを突き止めて発信したメッセージで、この言葉に出会った時、ベタな表現ですが雷に打たれたような衝撃を受けました。
アイディアづくりの最も単純な方法は、あるアイディアと別のアイディアの掛け合わせで生み出すことでしょう。掛け合わせるアイディアの質が離れていれば離れているほど、意外性の高いモノが生まれる可能性が増えます。
まとめれば、アイディアの源泉とは「融合的発想力」であり、大胆な事を言えば、音楽の進化の歴史は、この融合的発想力をドライバーにしたものであるとも言えます。
例を挙げてみます。
ジャズ = 西洋のメロディー × アフリカのリズム
ボサノバ = ジャズ × サンバ(ブラジル)
色々な要素を相当に切り捨てた乱暴な式ではありますが、ある種の本質は突いていると思います。
音楽の進化という観点で言えば、ザ・ビートルズのサウンドの変遷を見るのが良いでしょう。
デビューアルバムの「プリーズ・プリーズ・ミー」から、解散前の「レット・イット・ビー」、までの14作品(CD16枚、全213曲)を時系列で順番に聴くという作業を最近してみたのですが、「わずか7年の間によくこれほど変化するものだな!」と、大変感銘を受けました。
彼らのサウンドの源泉こそ、天才同士の才気の融合そのものだと思います。
エルヴィス・プレスリーに憧れ、ロックンロールにルーツを持つジョン・レノン
ジャズピアニストのジムを父に持ち、ティン・パン・アレーサウンドにも詳しいポール・マッカートニー
クラシック音楽への深い造詣を持ち、確かな音楽理論を身に着けたプロデューサー、ジョージ・マーティン
この3者が中心になり、それぞれの持ち味をうまく融合させている所にビートルズサウンドの妙があります。彼らの要求に努力屋の弟分ジョージ・ハリスンが応え(時にインド音楽の影響も与えつつ)、リンゴ・スターが空気を読んだ絶妙なドラミングで呼応し、天才サウンド・エンジニアのジェフ・エメリックが面白い味付けをして・・・という具合に、バンドマン同士がお互いの才気をぶつけ合い、引き出し合い、高め合い、サウンドを進化させていった経過が、213曲を時系列で聴いていくと良く見えてくるのです。
さて、「融合的発想力」を高めるカギは次の2つです。
・良質な素材を多く持つこと (≒ INPUT)
・それらを掛け合わせる良質な手法を持つこと (≒ OUTPUT)
音楽で言えば、色々な楽曲を聴いて頭の中にストックしていく行為が前者、そしてそれらを組み合わせて新しいモノを生み出す行為が後者にあたります。
後者のアウトプット・トレーニングとしておススメしたいのがJAZZです。
クラシックは「再現芸術」、ジャズは「即興芸術」と呼ばれます。クラシック音楽を修養することで、「構造把握力」、「美意識」は鍛えられますが、残念ながらこれだけだと、「融合的発想力」までは磨かれないのです。
クラシックは、演奏すべき音が一音一音すべて明確に指定され、弾き手はその解釈・表現・それを体現する身体技術で勝負します。一方ジャズはルール設定がかなり緩く、元になるテーマ(メロディー)、コード進行さえ守っていれば、後はプレイヤーの自由です。
この「自由」というのが曲者で、指示待ち型の優等生には大きなハードルになってきます。
日本人は優秀で真面目というのが、従来の国際的コンセンサスだと思いますが、いわゆるエリートになればなるほど、一つの絶対正解に収束する受験教育の弊害を強く受けており、何でもかんでも素早くミスなく正解にたどり着こうとする傾向が強いように思えます。(エリートに限らず、日本人はこの傾向が強いです。完全に遊びの時間のファミコンでさえ、攻略本を見て効率良くクリアしようとするメンタリティー。そこで迷って、考えて、工夫するプロセスこそが楽しいと思うのですが…)
このメンタリティーを脱却するのに、「ジャズ」のトレーニング、あるいは「即興音楽」へのチャレンジは大きな役割を果たすと思うのです。この最大のコツは、楽しむこと。誰かに勝とうとか、上手くやろうとか、そういう気持ちは良く分かるのですが、まずは失敗や間違えを恐れず、トライ&エラーを積み重ねる事です。
ビジネスにおいても、完全な計画策定に腐心するあまり、計画が出来上がったころには状況が変わって使えないものになっていた、という笑えない話があります。VUCA(≒先行き不透明、不確定)の時代には、方針を決めたら、まずはすぐに動き出し、「素早く失敗し、素早く修正する」プロセスを繰り返しながら成長していくのが現実的かつ効果的です。
ジャズの名手と呼ばれる人は、この試行錯誤を楽しみながら繰り返すうちに、人の耳や心が喜ぶパターンを、経験的に獲得し、独自の技法で表現できるようになった人とも言えるでしょう。
日本人に根強い「絶対正解を求める完璧主義」を捨てて、「正解のない多様性の中での自由な実験や表現」を楽しむマインドにシフトすること。これこそが、音楽を通じてこれからの社会をサバイブする力を身に着けるコツだと思います。イノベーションというのも、そんな土壌から生まれるのでしょう。
さて、音楽を学ぶことで活性化できる3つの能力(脳力)
「構造把握力」、「美意識」、「融合的発想力」、それぞれについて見ていきました。
それは理想論でしょ。現実的に「音楽能力」と「社会的能力」がそんな簡単にリンクするかね?
そんな疑問をお持ちの方もいるかもしれません。
その答えは、「人次第」だと思います。
私が述べてきたのは、「音楽」が秘めるトレーニング効果と、その社会への応用可能性についてです。
ただ一つ言えるのは、トレーニングにはその効果を高める鉄則があるという事。
それは、
「トレーニングの目的をしっかりと意識すること」
たとえば、マシントレーニングをする際に
・反動を使っていたずらに回数を繰り返す人
・負荷がかかる部位(=鍛える筋肉)を意識しながら、正しい方法でエクササイズする人
どちらが高い効果を得るか? 迷う人はいませんよね。
「音楽」のトレーニングも同様です。
私が述べてきた「構造把握力」「美意識」「融合的発想力」は、一つの楽曲を演奏できるようになるための練習においては、どちらかと言えば副次的な要素です。しかし、これらの効果・可能性をまったく意識しないで練習するのと、多少なりとも意識して練習するのでは、長い年月の積み重ねの中で大きな差になってくるのではないでしょうか。
現代社会において、「音楽」そのものをマネタイズ(≒収入化)し、それを生業とすることは容易ではありません。
しかし、「音楽」を通じて得られるこれらの効果を、社会に応用・還元する形でのマネタイズには色々な可能性があると思います。
ここまでで5,600文字に及ぶブログをお読み頂き本当にありがとうございます。
本ブログの着想には、山口周さんの著作から大きなヒントを頂きました。面識はありませんが、ここに感謝を伝えたいと思います。
このブログ自体が、山口さんの著作、私のピアノ経験、ビートルズ愛、最近ハマっている漫画(笑)、などの「融合的発想力」の成果物だとも言えます。
少しでも面白いと思って頂けたなら、とても嬉しく思います。
これをきっかに音楽の新しい可能性を意識してもらえたり、私の考えに新しいアイディアを掛け合わせ、新しい情報発信をしてもらえる人がいれば、世界はまた一つ面白いものになっていくでしょう。
最後までお読み頂き、本当に有難うございます!
江古田Music School
岩倉 康浩