この投稿は、2020年5月8日にFacebookに投稿した記事を、一部修正した上、教室ブログにも掲載させて頂いたものです。

●ミュージックチャレンジ 音楽の受け渡しクラシック音楽の普及のためのミュージックランドからの音遊びです。参加するには、好きなクラシック曲を1日一曲で五日間5曲、そして1日1人だれか一人に繋げてください。

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ピアノ友達のT.A. さんから渡されたバトン、今日から1曲ずつ紹介していこうと思います。

3曲目:水の戯れ

フランスの作曲家、モーリス・ラヴェルによる曲。書かれたのは1901年で初演は1902年。「水の戯れ」というタイトル通り、水の持つ様々な動きや表情がピアノ曲に見事に翻訳されたこの作品には多くのファンがいると思います。

Inspired by the sound of water and the musical sounds emanating from fountains, waterfalls, and brooks, … (ヘンレ版楽譜の序文より引用。意訳すれば「泉や落水、小川から聴こえてくる音楽的な水の調べに着想を得て…」みたいな感じ)

1902年当時には、この作品は斬新すぎた感もあり、サン・サーンスが「まったくの不協和音」と酷評し、「耳障りで複雑すぎる」との評価も少なくなかったとか。2020年に生きる私達は、この作品の後に続くドビュッシーら印象主義の楽曲や、技巧的なテンションが散りばめられたジャズ演奏、さらにフリージャズ、プログレなど、実験的で前衛的な様々なサウンドにも耳慣れているので、たいていのサウンドには免疫があり、音楽嗜好のストライクゾーンが広くなっています。

しかし当時には斬新すぎるサウンドだったようで、時代の先を行き過ぎて反発を食らうのはイノベーターの宿命なのかもしれません。

さて昨日はリストの「ラ・カンパネラ」について取り上げ、その難しさはアクロバティックな音の跳躍をはじめとする技術的な要素にある旨を書きました。これに対し、「水の戯れ」の難しさとしては、技巧的な面もさることながら、まず曲の構造を読み解くのに時間がかかる事が挙げられます。

この写真は、曲の冒頭部分の楽譜に私が色々書き込みを加えたものです。

Caug/B♭7 など、分数コードで書かれた解析が多いことに注目して頂ければと思います。コードというのは3音以上の和音をアルファベットと数字で記号化したものですが、ほとんどの曲の和音は1つのコードで表記可能です。

分数コードというのは、6音・7音が重なり合っていて複雑すぎてワンコードで表せないので、2つのコードの合わせ技で表記する方法です。「水の戯れ」の難しさ(同時に面白さ)は、ここにあるのです。オーケストレーションの魔術師とも呼ばれたラヴェル、ピアノ曲においてもその技巧を存分に発揮し、分数コードでしか表現できない複雑かつ幻想的な和声を連続技で繰り出してくるわけです。

これらの構造を読み解くのは一筋縄ではいきませんが(あくまで私のレベルでは)、実際に曲を弾く前には、これらを丹念に読み解いていく必要があるのです。それを怠り、手が覚えるまで練習を繰り返すみたいな、(二流の)体育会系的精神論に走ると、いたずらに時間を浪費することになります。(あくまで私見です。あしからず…)

面白いのはラヴェルの曲の分析においては、ジャズ理論が結構役立つという事です。コードの知識がクラシックの構造理解に役立つのはラヴェルに限った話ではありませんが、20世紀以降の複雑な楽曲の分析においては、ある程度まとまった形でジャズ理論の体系を身に着けておくとメチャクチャ便利であることは強調しておきたいと思います。

私がラウンジピアニストとしてクラシックの難曲に取り組むのは、その曲の攻略プロセスを通じて何かしらのスキルを身に着けることを目的としています。ラヴェルの曲からは、魔術師による天才的なハーモニー感覚(やや専門的に言い換えればヴォイシングのセンス)を盗み取ろうと思うわけです。

ちなみに、ガーシュインも魔術師に憧れた一人で、ラヴェルに弟子入りを懇願しますが『君はガーシュインとして十分に名が通っている。わざわざ二流のラヴェルになる必要はないだろう。』と言われ弟子入りを断られています。まあ、有名な話ですが余談ついでに。

「水の戯れ」を鑑賞する際には、ぜひ魔術ラヴェルの天才的な和声感を味わって頂ければと思います。演奏される場合は、ぜひコード分析にもチャレンジされることをオススメします。きっと面白い発見があり、暗譜が格段にラクになる事を保証します!

今回はこんなところで。

次回は、今年はベートーヴェンのピアノソナタ「熱情」について書いてみます。